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「異国の地」




 のどかな緑いっぱいの林に少年が一人、佇んでいた。

 いい具合に焦げた茶色の髪の毛が少し大人っぽく綺麗に整えられているが、その顔立ちにはまだ幼さが残っている。

 少年が不意に一言、つぶやいた。


 「暇だなぁ…。」


 変声期が終わりかけの微妙な声。
 ため息混じりにその少年、大和しぐれは呟いた。

 日本人である彼が今、その足で踏んでいる土はイギリスのものであった。
 このイギリスの周辺には、ドイツやフランスなどの国々が並んでおり所謂そこは西ヨーロッパと呼ばれている場所だ。自国など程遠い。

 どうして俺はこんなところに居るんだろう。そう思い返せば、彼の頭の中ではその成り行きはとても勝手な話から始まっていた。
 なんども、なんどもその出来事を思い返す。
 しぐれはつい先月に此処、イギリスのとある町へ留学してきたのだ。

 いわゆる“両親の都合”というもので。




 丁度二ヶ月程前のこと。突然両親が「イギリスに行くぞ!」と言い出したのがきっかけだった。二人は自称冒険家であるがただの旅行好き夫婦で、いつも息子をほったらかしにして自分たちの探究心が落ち着くまであちらへこちらへと放浪している、そんな人達だ。そんな二人を見ていると、しぐれは常に思う。

 もはやどっちが子供でどっちが親なのか――いや、むしろ子供でも大人でもないのかもしれない。人間は複雑な生き物だからな‥。
 しかし、いつもなら息子置き去りにして二人で行ってしまう両親のはずであるが、今回は一体どういう風の吹き回しなのか。今度は彼も巻き添え(・・・・)にしての旅行だと言い放ったのだ。しかも長期滞在。というよりお引越しともいう。
 そんな想像のつかない行動ばかり起こす両親に愛想をつかしつつも、彼はその両親の突然の計画に反対を押し切っていたつもりなのに来てしまった。

 ―別に、押し切れず敗北したわけではない。気が変わったんだ。


 言い訳のように自分に言い聞かせ続ける。


 だって、

 だって、勝手だと思いつつも反論することを諦めようと思ったのは、あそこが退屈で窮屈で逃げたかった。それだけだ。決して親の言うことを聞いたんじゃないんだ――!俺は、そうなんだ!


 彼の頭の中を、常に退屈と憂鬱と言う名の雲が覆っている。ただ、それだけから逃れたかっただけだった。しかし鳥かごから放たれた気持ちで居たのに口癖の如くそれはしつこくて簡単には掃えなかった。

 しぐれは呟く。


 「あぁ!もう、退屈だっ。ここに来ても何も変わらない、とか…。冗談じゃない!」整っていた髪の毛をグシャグシャ、と掻き回してしまった。


 はぁ、とため息を一つ吐くと、頭を掻き回していた手を止め、腕を下ろした。

 そしてただただ呆然と、呟いた。




 「こんな遠く離れた国へ来ても結局何も変わらないなんて…俺は、結局何がしたいんだ……?」




 サアッ




 ――風が、儚げなその少年の呟きを掻っ攫っていった。





 しぐれは丁度夏休みの後に、この学園へやってきた。
 今度から通うことになったこの学園は、留学生や異国人ハーフ、家庭の事情などで普通の学校ではうまくいかないと見込んでしまった生徒達が大半らしい。
 自分はこの学園でさえも未だ馴染めないでいるのだが、しかし生徒のほとんどは変わり者ばっかりで学園の中で馴染めない人間はほぼ居ないということで有名な学校だという。
 (しっかし、まあ。そんな友好心高いこの学園で未だ馴染めていない自分は、一体どうかしてるのか・・。)時々そう思うことがあるものの、自分でもその理由はわからないし別に今のところ困ってはいないと思っていたりするので独り…とは言い難いがとりあえずまあ、大体はひとりでのんびり過ごしていたりする。

 そういえば転校初日に、やたら訛りと間延び癖のある日本語をふにゃふにゃと喋る担任の先生と一緒に新しい教材を取りに行くときだった。色々学園の中を案内してもらいながら、先生が不意にこんなことを言ったのだった。


 「大和君ほど変わり者、この学園でそうそう居ないわよ〜。そうね〜、学園ギネスに載っちゃうくらい、かもぉ〜。」

「へ?」
 学校名物のような名前が突然出てきて、前半に言われたことより後に言われたその不思議ワードに思わず口がへの字になってしまった。


 ――「学園ギネス」って一体何なんだ・・?て、ていうかどっちが変わり者だ!アンタだって先生なのにやたらほにゃほにゃして――・・


 「……え、はあ。まぁ…。」


 ちょっとした疑問によりつい立ちんぼうで考え込みそうになったものの、三秒後にはいや、特に興味は無いな。と判断して適当に相槌を打ち誤魔化してしまったのだった。

 しかし、すぐ考え込むのは自分の悪い癖だな。としぐれはいつも思う。でも勿論、それが褒められることだってある。でもしかしそれは兎も角として、人の話を最後まで聞くのが苦手なのが彼の唯一の難題とも思われた。

 ―そういえば、日本に居たとき、よく先生に最後まで話を聞きなさい!とか言って教科書丸めて頭引っ叩かれたな。




 先生の後ろを歩きながら、不意に「ふふっ」と思い出し笑いをしてしまった転入日の唯一のささやかな出来事だった。



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