夏も終わり、涼しい風が吹く朝――。
しぐれは学園へ続く雑木林をひたすら歩いていた。
気が付けば、転校してからもう2ヶ月が経った。
大分外国での暮らしにも慣れたが、やはり人ととの付き合いには未だ不慣れであった。
そんなしぐれはいつも他の生徒よりも早く学校に来て行くところがあった。
それは――図書館。
幼い頃から読書が大好きだった。そのことを先生に知られたとき、『ここの図書館はすごいのよー、なんでもそろってるんだからぁ〜〜』と教えてもらったのだ。
それからしぐれは毎日毎朝とその図書館へと通うようになっていた。
大好きな本に囲まれて殆どを図書館で過ごす。それは彼にとってこの上ない喜び。
―――しかし一つ問題があった。
手当たり次第に本を手にとってはめくってみるが、英語だったりフランス語だったり―。
イタリア語から飛んで全く知らないアラビア語などと流石は大図書館!と言えるほど異国の本まで取り揃えておりその数は凄かったが、日本に居た頃はまだ中学英語までしか習わなかったしぐれにとってはうう、と唸る他無いのである。
ついでにこの学校は殆どが日本語。英語で話すことなんて滅多に無いため、いくら海外といえどあまり気苦労を感じさせないような場所だった。
だがおかげで最近は授業を居眠りせずよく聞くようになれたもの。
外国語だろうが、勉強と根性でなんとかなる、と信じてみることにしたのだ。
そしてしぐれは今日も、辞書と教科書を片手に本へと取り掛かっていた。
***
「ーはぁ…」椅子でぐったりしながらため息をついた。
そしてぱたん、と本を閉じて立ち上がった。
「最近英語ばっか見たりしてたからな‥目がチカチカしてきた。久しぶりに母国の本でも読もう……ああ、でも探すの面倒くさいんだよなあ、この図書館」相変わらずマイナス思考な事を言いながら頭を掻き毟る。
そして席を立つと、しぐれは図書館の奥に歩み始めた。
図書館とは、とてつもなく広いものだ―。
果てしなく続いていそうなくらい本棚がずらりと並んでいる。きっちり整理整頓されていてとても不自由は無いのだが、流石にこれだけあると迷ってしまいそうなほどだった―。
しぐれはここに来てから、この図書館で日本語の本を見たことが無い。外国の本に夢中で、すっかり忘れていたのだった。
「日本語…日本語…」隅の棚から丁寧に見て行く。
そして不意に歩くのを止め、「うわあ」と小さく呟きながら本棚に手を伸ばした。
「これ相当古い本だよな…何語だろうこれ。ううん、読めないや…。あ、こっちの本も凄いな!」
目的の本を探しているうちに、普段見ない本棚にある書物につい惹かれてしまうのだった。あっちも、こっちも、と歩き回っている。と、そうしているうちに、しぐれはどんどん図書館の奥の方へ歩み進んで行った。
「へえー。こんなものも置いてるのか。あ、こっちは挿絵付きだな。…」
しぐれは本に夢中だった。夢中すぎて、自分のすぐ左にある薄暗い空間に気づくことは無かった。
***
―――――ゴトッ。
何か 物音が、した。
その音は漆黒の闇の中から静かに聞こえていた。
しかし、しぐれは本の物色に夢中でその不審な音に気付いていない。
―――ガタッ…ゴトッ
「…ん、なんの音?」しぐれはようやく音に気が付いた。
そして 自分の居る本棚の列奥にある狭い廊下が視界に入った。
「…なんだあれ。こんなのあったっけか?」
すたすたと、薄暗いその廊下の方へ近づいていった。
「ずいぶん使ってなさそうだなぁ。廊下なのに、埃が積もってる…」不思議そうに顔をしかめ、その先に視線を向けた。
廊下の向こうは漆黒の闇の如く、真っ暗に見える。
何故か思わず ゾッとした。
しぐれは、なんとなく気味悪く感じたので恐る恐る廊下を後にしようとした―――が
ガタッ――!
「!ひぃっ!?」音に驚いて思わず首をすくめてしまった。
そしてゆっくり振り向いて、自分の背後を確認する。
「……誰か、いるのか…?」小さく呟いてみた。
けど、返って来るのは沈黙だけだった。
しぐれは考えてみた。
廊下には、もう何年も人が通った形跡が見られない程埃が積もっていた。
―もし奥に部屋があるんだとしてもそこには誰も居ないはずだ。
でも、もし廊下の向こうにも外と繋がる扉か何かがあるなら…
「…いや、図書館の裏側は前体育の時に通ったけど、扉らしきものなんてひとつも見当たらなかった。それどころか蔦が這っていた位だ。…ってことはやっぱりまさか…お、おば、け…!?」自分で言っておきながらかなりびびりまくりだ。思わず顔から血の気がザアッと音を立てて引いた。
ゴクリ、と唾を飲み込んでもう一度廊下を見た。
そして、必死に心の中でこう呟く。
(あれはきっと荷物か何かが立て続けに倒れた音なんだ。絶対に、決しておばけなんかじゃないんだ…!!)
しばらく、こうして廊下を睨み付けていたのだが、ふとある事に気が付いた。
「…あれ、そういえばもう音がしないな…」
「…なんだ、やっぱり気のせいだよ、な…あはは!」一人強張っていた自分がつい、少し恥ずかしく思えてきて空笑いをした。
――だがこの直後に、
更に奇妙な出来事がしぐれを襲った。
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